ASCII.jp:東芝・西室元社長、財界人生の「光」と晩節に落とした「影」 – ASCII.jp



要職を歴任した西室泰三氏は、2016年3月に体調を崩し、日本郵政の社長を退いていた Photo:REUTERS/アフロ

 東芝や日本郵政の社長などを歴任した大物財界人、西室泰三氏が10月14日に死去していたことが分かった。81歳だった。

 その財界人生の大部分は、自身の出身企業である東芝をはじめ、日本を代表する企業や公職などの重役ポストを総なめにするなど、まばゆい「光」に包まれていた。

 1996年、8人抜きの大抜てきで東芝の社長に就任。99年3月期には139億円の最終赤字に陥るなど業績こそ振るわなかったが、経営の監督と執行を分離する今日的なコーポレートガバナンス(企業統治)改革を20年以上前に断行した。その後、2000年に会長となり、05年には相談役に退く。

 また、同年に東京証券取引所の会長に就任。13年には日本郵政社長に転じ、郵政の子会社であるゆうちょ銀行、かんぽ生命保険との3社同時上場にこぎ着けた。

 財界や公職のポストも、01年から経済団体連合会(現日本経済団体連合会、経団連)の副会長を務め、内閣府の地方分権改革推進会議の議長、財務省の財政制度等審議会の会長などの要職も歴任した。

 ただ、その経歴が放つ輝かしさ故に、最後の数年という晩節に落とした「影」とのコントラストが際立つ結果となった。皮肉だったのは、20年以上前に東芝を「ガバナンス先進企業」と呼ばれるほどの体制に変えた改革者であったはずの西室氏が、そのガバナンス面で汚点を残してしまったことだ。

“他社”への人事介入発言

 前述の通り、05年に東芝の相談役に退いた西室氏は、その後も東芝の経営や人事に影響力を持ち続けているといわれてきた。そして、その「隠然たる」はずの影響力が表舞台で明らかになってしまったのが、15年7月に行われた日本郵政の社長会見だった。

 15年4月に発覚した東芝の不正会計問題は一大スキャンダルに発展。その影響で田中久雄社長(当時)が辞任に追い込まれ、空席となった社長ポストを室町正志会長(当時)が兼任する緊急事態に陥った。そのとき、日本郵政の社長だった西室氏は、“他社”である東芝の社長人事をめぐるドタバタ劇の内幕と、自身の人事介入を会見の場で明言してしまったのだ。

「実は本人(室町氏)は辞めると言っていたが、私は相談役として、絶対に辞めないでくれと伝えて、残ってもらった」「(暫定的な社長は)室町さんにやってもらう以外なく、それをようやく決心してやってくれることになったので期待したい」──。これらの発言は、古巣を思う西室氏の思いとは裏腹に、東芝のガバナンス不全を世に知らしめ、スキャンダルに油を注ぐ結果となった。

 大物財界人のOBとして東芝の評判を高める光となりつつも、東芝の混迷と時を同じくして経歴に影を落とした。西室氏の財界人生は、よくも悪くも東芝と共にあったといえる。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木崇久)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら





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