パナソニック:工場のベテラン女性従業員ベンチャーの挑戦 – 毎日新聞 – 毎日新聞





 パナソニックの工場勤務のベテラン女性従業員2人が米テキサス州に飛び立った。社内公募で選ばれた事業アイデアを、3月11日に同州オースティンで始まる起業家の登竜門とされる展示会「サウス・バイ・サウスウェスト」(SXSW)で発表するためだ。メーカーの商品開発は専門部署が担うのが一般的で、2人の挑戦は業界の「非常識」。だが、メーカーの慣例だけではヒット商品が生まれにくくなっているのが実情で、2人の挑戦は家電メーカーの閉塞(へいそく)感を打ち破るきっかけになるかもしれない。【永井大介】

「人生の最後まで家庭の味を」介護体験通じて商品を開発

 渡米するのは、滋賀県の草津工場に勤務する水野時枝さん(51)と兵庫県の神戸工場に勤務する小川恵さん(45)。2人ともキッチンアプライアンス事業部で商品としての合否判定などをする品質管理を担当しており、入社時に水野さんが小川さんの指導を担当して以来、家族ぐるみの付き合い。「姉妹のようなものです」と水野さんは笑う。

嚥下(えんげ)障害に対応したデリソフター。料理を入れると形はそのままで食べる時に舌と上あごを使ってかみ砕くことが可能になるまで軟らかくなる=パナソニック提供

 SXSWで2人が発表するのは、各家庭で調理された食事を、見た目と味はそのままに軟らかくする“デリソフター”という専用調理器だ。加齢や事故で、かむ力やのみ込む力が弱くなると、嚥下(えんげ)障害や摂食障害になることがある。こうした場合、流動食や専用の介護食を準備することになるが、デリソフターを使えば、障害があっても家庭料理を楽しむことができる。

始めてのプレゼン相手は社長

 開発を目指したのは水野さん、小川さんそれぞれの経験がきっかけだ。

 小川さんは、2015年末に亡くなるまで父親を、母親と一緒に働きながら介護した。父親は肺がんや心筋梗塞(こうそく)など相次ぐ病の末、肺炎に。のみ込む力がだんだんと弱くなり、食事はペースト状の介護食が中心となっていった。

 「肉やギョーザが好きだった父は、食事になると『なんでペットのエサのようなものを食べないといけないんだ』と母や私とケンカになることもあった。好きなものが食べられないせいもあったのか、父はどんどん衰えていった」と小川さん。また、介護食の費用は月々7万5000円を超え、家計の負担も大きかった。

昨年12月、事業の進捗具合を説明する水野時枝さん(左)と小川恵さん=パナソニック提供

 一方の水野さんは、03年に長寿世界一(当時)の116歳で亡くなった鹿児島市の本郷かまとさんの孫だ。「おばあちゃんは、亡くなる前には2日寝て2日起きるというサイクルの生活になったけれど、かむ力とのみ込む力は強く、寝たままでも家族みんなで同じものを食べてました。それぞれの家庭にある味で人生の最後を迎えられるのはとても幸せなことだと思った」と振り返る。

 そんな思いを抱いている時、社長直属のプロジェクトとして、新規事業創出を製品化までサポートする組織「ゲームチェンジャーカタパルト(GCカタパルト)」が、アイデアを社内公募していることを知った。

 「パソコンもほとんど扱えなかった」(水野さん)という2人が社内選考会に臨んだのは昨年7月。“人生初”となったプレゼンテーションの相手は、社内カンパニーであるパナソニックアプライアンス社の本間哲朗社長だった。「緊張でいつも以上に汗だくになった」と小川さん。選考会の結果、44本のアイデアのうち5本が「今後も継続して進めるべきもの」に選ばれ、2人が提案したデリソフターも、その中にあった。

 「技術はほとんどなかったが、介護の経験を通じての説明は、それを補うすごい迫力だった」。プレゼンに立ち会ったGCカタパルトのメンバー、鈴木講介さんは振り返る。

「大企業こそイノベーションを起こせるはず」

料理の軟らかさを模造紙に手書きのグラフで記録する小川恵さん(左)と水野時枝さん=パナソニック草津工場で3日、永井大介撮影

 今回の社内公募を企画したGCカタパルトは、社員を対象とした新規事業公募制度を運用するパナソニック初となる組織だ。同時に社外のベンチャー企業と協力し、イノベーションを起こすことも目的にしている。

 AI(人工知能)やあらゆる機器をインターネットでつなぐ「IoT」などのデジタル化の進展に伴う顧客ニーズの変化に、企業は対応を求められるようになった。こうした時代に、多くの従業員を抱え、グローバルに事業を展開する大企業は、会社としての意思決定が遅れるなど小回りが利かず、商品開発の面でベンチャー企業に後れを取る局面も増えてきた。

 一方で大企業は、これまで培ってきたノウハウや人材、生産体制などの資源は豊かに持っている。GCカタパルトの深田昌則代表は「意思決定のスピードを速めることができれば、その資源を生かして、大企業こそイノベーションを起こすことができるはずだ」と組織を作った意義を語る。

 現代の「ものづくり日本」の土台を築いた家電メーカーも、創業時は、現場が休憩中に「遊び半分で」試作品を作っているとそこに経営者が現れて商品化が決まるなど、経営陣と現場が直結していた時代があった。失敗もあったが、意思決定の速さが、かつての日本メーカーの強みでもあった。

 GCカタパルトの社内公募制度は、社長がプレゼンに出席することで、創業期のような意思決定の速さを確保した。

商品は工場内会議室「アジト」で開発

 草津工場内の冷蔵庫が流れるベルトコンベヤー脇に、2人が「アジト」と呼ぶ部屋がある。もともとは会議室だったが、プレゼン通過後は、同僚の協力もあって2人は従来の業務を外れてこの部屋にこもり、「デリソフター」の開発を進めた。小川さんは神戸から草津まで、毎日通った。

 壁にはエクセルやワードといったパソコンソフトとは無縁の、手書きによるグラフや表が模造紙に張られている。デリソフターは、圧力を加えることで料理を軟らかくする仕組み。最適な圧力はどれくらいか、切れ目を入れるなど料理に応じた下処理は何か……試行錯誤を繰り返した。料理の見た目はそのままだが、食べる時には舌と上あごを使ってかみ砕くことができる軟らかさを追求した。

 これまで試食した社員は100人以上。昨年7月のプレゼン前は「私たちにはアイデアはあるが、実現する技術がない」と嘆いていたが、持ち前の行動力で社内のさまざまな人に教えを請いに出向いた。圧力鍋や炊飯器などパナソニックがこれまで発売してきた商品も研究。また、「現場を知らなければ」と介護施設を回り、医師などの専門家にも面会。夏休み返上で商品開発にあたった。

 2人を突き動かしたのは「多くの人に人生の最後の最後まで『家庭の味』を楽しんでもらいたい」との情熱だ。その情熱を形にする「資源」が、パナソニックにはあった。

工場発の2人の挑戦。「松下魂」復活なるか?

 かつては「お家芸」と呼ばれ、日本の高度経済成長をけん引してきた白物家電。しかし、三洋電機はパナソニックによる買収後、洗濯機や冷蔵庫は中国の「ハイアール」に売却された。シャープも台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業が買収。東芝も家電部門を中国の「美的集団」に売却するなど、市場の覇権はアジアのメーカーに取って代わられた。

 日本企業の強みは、安全で安心な完成された製品を提供することにあるが、裏を返せば、米アイロボット社の「おそうじロボ」に代表されるように、目新しいものは新興企業に太刀打ちできない。だからこそ、ベンチャーにできることをそのままマネるのではなく、大企業ならではの規模や生産技術、グローバルな流通ネットワークをいかしたプロジェクトに仕上げることが重要となる。

 小川さんと水野さんのプロジェクトは、GCカタパルト事務局の想像を超えた副産物を、社内にもたらしているという。



 工場で製品を管理している小川さんと水野さんは、最も製造現場に近いと言える。「現場に最も近い人たちが、普段の生活の中で必要だと思うものを『家電』という形にするのは、我々の先人がやってきたこと。経営陣も2人から『松下魂』のようなものを感じ取ったのではないでしょうか」。深田代表は2人の挑戦に期待を込めた。



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