次に、炎上するブラック企業は「マスコミ」だ – ニコニコニュース

次の「ブラック企業」はどこか
ITmedia ビジネスオンライン

 パワハラの証拠となる暴言やどう喝をボイスレコーダーでこっそり録音してつきつける「ボイレコ告発」がいよいよ政治の世界にも登場したきた。

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 「このハゲー!」「ち〜が〜う〜だ〜ろ〜」で一躍時の人となった「ピンクモンスター」こと豊田真由子衆議院議員を、河村建夫元官房長官や細田博之自民党総務会長が必死にかばっていることからも分かるように、永田町ほど一般社会の感覚とかけ離れている世界はない。

 河村氏が口をすべらせたように、あの世界では秘書へのパワハラなど当たり前だ。それがここまで表沙汰にならなかったのは、ヤクザの世界と同じで、「親分」に弓を引くことが「死」を意味するので、どんなに非人道的な仕打ちを受けてもみな墓場までもっていったからだ。やってもいない罪をなすりつけられる、なんて究極のパワハラを受けて失意のまま自ら命を絶つなんて秘書も珍しくなかった。

 そんな伝統的ブラック業界にまで、「ボイレコ告発」が炸裂したということは、いよいよ「我が身を守るためにはボイレコをそっと忍ばせる」ことが日本社会の「新常識」となってきているのではないかという気がしている。

 そう聞くと、「相手にわざと暴言を吐かせてそれを録音するなんてやり方が汚い」と不愉快になる方もいらっしゃるかもしれないが、事実としてこの近年さまざまな業界で「ボイレコ告発」が広まってきている。

 例えば2016年末、大手飲食チェーン「しゃぶしゃぶ温野菜」の元従業員(千葉県のフランチャイズ)が、アルバイトの大学生を暴行したとして逮捕されたことがニュースになったが、この逮捕にいたるまで、大学生側はいわゆる「ブラックバイト」をさせられたと訴えていて、録音した元従業員の「どう喝」を公開していた。

 「今、向かってっからよ。殺すよ、ほんとに。殺してやる」

 2015年1月に自殺をしたヤマト運輸のドライバーも、亡くなる前に家族の勧めで上司からの叱責を録音している。そこには2時間にわたって嵐のような罵詈雑言がおさめられている。

 「俺、マジいらねぇコイツ、殺してぇなホントに」

 「本当に役に立たねぇ」

 「バカなんだよコイツ!それがむかつく」

「ボイレコ告発」が企業の中に浸透

 外食や宅配業界だけではない。2010年には医薬品製造会社の工場で、「殺すぞ」と怒鳴り続けられた派遣社員の男性が「ボイレコ告発」で賠償命令を勝ち取っているし、2014年には「たかの友梨ビューティクリニック」でおなじみの高野友梨社長が、従業員や店長に対して「労働基準法にぴったりそろったら、(会社は)絶対に成り立たない」などと組合活動に圧力をかけたかのように聞こえる音声を、「ボイレコ告発」された。

 録音された側の方たちからすれば、「問題」のある従業員を厳しく注意しただけで晒(さら)し者にされるのは納得いかないだろうが、子どものいじめ問題と同様で、いじめている側は「軽い悪ふざけ」のつもりでも、いじめられている側は「生きることに絶望するような嫌がらせ」のように感じる。「被害者」の立場からすれば「録音」は「正当防衛」以外の何物でもないのだ。

 実際、ネットを見渡せば「相手の暴言などの証拠を残しましょう」とボイレコ告発のアドバイスをしている弁護士が山ほどいるし、「パワハラ証拠録音は“弱いものいじめ” がよく分るようにつくりましょう」なんてアドバイスをしているかつての被害者もいらっしゃる。

 「ボイレコ告発」は静かに、そして確実に日本企業の中へと浸透しているのだ。

 そうなると、やはり気になるのは次に「ボイレコ告発」によって炎上をするブラック業界だが、個人的に危ないのは「マスコミ」だと思っている。

 政治という日本で最も旧態依然とした「ムラ社会」が陥落すれば、そのムラとベッタリとくっついて、トムとジェリーのように仲良くケンカをしてきたこの業界も同じ問題に見舞われるのは容易に想像できるだろうが、なによりもそう感じるのは、すでに「ブラック」というイメージが定着しつつある宅配業界の姿と妙にカブってきているからだ。

 スーツ姿で取材に奔走する新聞記者や、楽しそうにロケをしているテレビマンたちと、台車を押して常に忙しそうに荷物を搬送している宅配ドライバーたちの姿はなかなか重ならないだろうが、同じような「3つの問題」に苦しめられている点ではよく似ている。

長時間労働が当たり前のブラック業界

 まず、ひとつ目の共通点は「長時間労働が当たり前のブラック業界」ということだ。

 先日、東洋経済オンラインで、電通の新人女性の過労自殺事件を受けて、次の労基のターゲットが「メディア」となる可能性があり、日本経済新聞では「夜回り」の制限令を出したなんて記事が出たが、「報道」ほどブラックな仕事場はない。

 記者は追うべきものがある時は、朝も夜もなく動きまわる。「もう今日はあがる時間なんで」なんて言ってタイムカードを押して家に帰れる仕事ではないのだ。もちろん、それはADの「残酷物語」が漏れ伝わってくるテレビの制作現場も同様である。

 こういうところでかつて働いていた立場から言わせていただくと、宅配業界にも同じ匂いを感じる。宅配ドライバーたちの仕事は、「届けるべき荷物」がある限り終わらない。地獄のような「再配達千本ノック」で駆け回るドライバーの姿は、終わりのない特ダネ競争で夜討ち朝駆けを繰り返す記者は丸かぶりなのだ。

 宅配業界の盟主だったヤマトの未払い残業代が約230億円にものぼったことからも、いかにこの世界が「個人のがんばり」に依存していたかがうかがえるが、この構造はまんまマスコミ業界にあてはまるのだ。

 そんなシビアな労働環境にも関係しているが、2つ目の共通点は「現場が“限界”に近づいている」ことである。

 ネットの普及によって、新聞もテレビも従来のビジネスモデルが崩壊してきたことは、ここでいまさら説明する必要もないだろう。宅配業界もAmazon(アマゾン)に代表されるネット通販の急速な成長についていけず、これまでのやり方が通用しなくなっている。

 つまり、両業界とも「大きな変化」についていけていないのだ。

 時代についていけない「無理」はすべて現場に押し寄せる。いくらがんばっても、がんばっても、ゲームのルールが変わったのでこれまでのような成果がでない。しかし、かつて現場にいたおじさんたちは、「大きな変化」が起きていることさえ分からないので、「俺にできてなぜ最近の若者はできぬ」的な精神論を振りかざして成果を求める。結果、そのプレッシャーによって、現場で歯を食いしばって耐える人間の心が徐々にむしばまれていくという「負のスパイラル」に陥っているのだ。

「人のせいにする」カルチャー

 マスコミ業界も宅配業界もそれをうかがわせる「症状」が出ている。

 2016年12月、佐川急便の正社員男性が荷物や台車を何度も放り投げる映像が話題を集めたのを覚えているだろう。何度も執拗(しつよう)に荷物を蹴り上げていたこの男性は、「いろいろストレスがたまっていて、イライラしてやってしまった」と述べている。仕事中のふとしたきっかけにキレてしまったのだ。

 それからほどなく、マスコミ業界でも同様の「ブチ切れ映像」が話題になる。2017年4月、千葉県我孫子市でベトナム国籍の小学3年生の女児が殺害された事件を取材していた共同通信社の20代の男性記者が、取材を断った近隣住民の自宅の壁を蹴っていたのだ。

 「長時間労働が当たり前のブラック業界」のなかで、おそらくこの佐川社員も共同通信社員も真面目に仕事に取り組んでいたはず。しかし、自分たちで思う以上に彼らの精神は追いつめられていたのだろう。だから、「届ける先が不在だった」とか、「取材しようと思ったら断られた」という、ちょっと自分の思い通りにならないことが起きだけなので、「爆発」してしまったのである。荷物蹴り上げ映像が流れた宅配業界で時を同じくして「パワハラ訴訟」や「未払い残業代請求」など現場の反乱が続いたことを考えると、マスコミ業界にも同じ現象が起きる可能性は高い。

 そして、3つ目の共通点は「人のせいにする」カルチャーである。このように現場がボロボロになって働いているにもかかわらず、「上」はその問題の本質から目をそらして、よそに責任を転嫁させていることだ。

 未払い残業代問題がここまで顕在化する前、いわゆる「宅配クライシス」の問題をヤマトはアマゾンのせいにしていた。

 一部メディアで「7万6000人未払い残業代調査」が報道された直後、まるでそれを火消しするかのように、長尾裕社長が日本経済新聞の取材に応じて、27年ぶりの値上げを行ない、アマゾンと価格交渉に入ったと明らかにしたのである。

 ヤマトの現場が疲弊してきたのは、残業代など二の次で荷物を届けていた宅配ドライバーのみなさんの「個人のがんばり」に依存する成長モデルが崩れてきたことにあるのは明らかなのだが、そういう構造的な問題を「ケチなアマゾンに買い叩かれている」という話へすり替えようとしていたとしか思えないのだ。

 こういう我が身を決してかえりみないところは、マスコミもまったく同じだ。

立派なジャーナリストは口を開くたびに

 森友問題や加計学園問題のような「疑惑」をたきつけるのは得意だが、不正や不祥事の証拠をかかげて政治家のクビをとることを、ほぼ「文春」と「新潮」にやってもらっている新聞やテレビの立派なジャーナリストは、口を開くたびに、「ヒトラー安倍のおかげでマスコミが萎縮している」と言い訳をしてきた。

 そんななかで、東京新聞の望月衣塑子記者が会見で菅義偉官房長官に23回も食ってかかるという出来事があった。望月さんは週刊誌にこんなことをおっしゃっている。

 「会見場にいた大勢の官邸記者クラブの記者さんたちはシーンとしていて、最初は戸惑いました。政治部の仕事場では、私のように質問を繰り返すやり方は礼を失していると思われたのかもしれません」(週刊ポスト 2017年6月30日号)

 「権力に忖度して萎縮」が真っ赤な嘘で、記者クラブ制度という「馴れ合い」を70年続けきたことの弊害だというのは誰でも分かる。事実、政権批判が脊髄反射となっている『サンデーモーニング』(TBSテレビ)のコメンテーターからも、これは記者クラブ制度に問題があるんじゃないのという声があがったくらいだ。

 ただ、そんな状況のなかでも、同番組に出演されている毎日新聞特別編集委員の岸井成格さんからは「記者クラブ」のキの字もでなかった。国民には分かりづらいが、とにかく政権がメディアに恐ろしいプレッシャーをかけていて、「巧妙かつ執拗な揺さぶりで分断されている」と熱弁をされていた。

 想像していただきたい。他人には批判を真摯(しんし)に受けとめろだとか、謙虚になれといつも言っているのに、周囲からおかしいよねと指摘される自分の「非」は絶対に認めない。こんな上司のもとで、不毛な仕事を延々とさせられて叱責までされる部下が気の毒でしょうがない。

●「ボイレコ告発」が炸裂するのは、時間の問題

 モンスター上司がこういう独善的な思考にこりかたまっているのは、「ピンクモンスター」のどう喝からもうかかがえる。

 「豊田真由子様に向かって、お前がやってることは違うというわけ? わたしに自分が正しいと豊田の言うことは間違っていると?」

 酔っ払った新聞記者がタクシー運転手を殴ったとかいう暴行事件がちょいちょい報じられるのは、ある一定の年齢以上の者たちに自分たちは「マスコミ様」という慢心があるからだ、と筆者は考えている。

 この世界の人は、「他者批判」に社会人人生のほとんどを費やしてきた。たまに「自戒も込めて」とか殊勝な顔をして言うこともあるが、自分たちへの批判には目をつぶって生きてきた。

 「平和」を訴えて行進する人たちが自分たちの理想を阻む者たちに対して暴力的になるように、「正義」をふりかざす人ほど、自分の考えに従わない者を力でねじふせようとする傾向がある。マスコミ業界には、我こそが「正義」だと信じて疑わぬおじさんがウジャウジャいるのだ。

 こういうブラック業界で「ボイレコ告発」が炸裂するのは、もはや時間の問題ではないか。

(窪田順生)